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2006年4月28日 (金)

自分の名前を検索する

昔からの知り合いがblogサイトを持っていると聞いたので読んでみた。

自分の名前で検索して広告が出るか?

横山哲也をgoogleで検索すると、19000あまりのヒット。
広告は... あった。セブンイレブン系のショッピングサイト。

どうも、日経BPが広告を出しているらしい。
それほど売れているとも思えない横山哲也の著書が出るくらいだから、出版不況も深刻だ。

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2006年4月16日 (日)

「IT嫌いはまだ早い」2005年6月号

●ヤンキーと

IT業界人は昔話が好き

IT業界人とヤンキーは昔話が好き」というのが筆者の説である。ここでいうヤンキーは、アメリカ人のことではもちろんない。嘉門達夫の「ヤンキーの兄ちゃんの歌」のアレである(関西ではかなり流行した歌だが、全国的にも売れたのだろうか?)。ヤンキーの場合「おれも若い頃はやんちゃしたもんや」と20歳くらいの男の子が言っていたりする。ヤンキーの方々は1歳違うと世代が変わるそうだから、IT業界と同様、彼ら(彼女ら)もドッグイヤーで生きているのだろう。

●なぜ昔話をするのか?

IT業界人が昔話を好きなのは、IT業界の速度のせいだと筆者は信じている。「ドッグイヤー」は7年分だそうだから、5年もすれば一般人の35年分の経験ができる。25歳でIT業界に踏み込んだ人が、5年で60歳相当になるのだから、昔話をしたくもなるというものだ。

ただし、イヌの1年は、人間の7歳分に相当するという換算式だけは賛成できない。筆者はイヌを飼ったことがないので、同じような期間で成熟し、同じような寿命を持つネコで考えてみよう。ネコは1年弱で性成熟を迎え15歳くらいまで生きる。20歳まで生きるネコも珍しくない。1年で20歳換算、20年で100歳換算だとしたら、成熟してからの1年は4年分くらいにしかならない。15年で100歳だとしても5年半くらいである。ドッグイヤーというのはちょっと大げさだ。しかし、まあ、これは本質ではない。とにかくIT業界の変化が速いため、早く年寄りになり、昔話が増えるというのが筆者の説である。

幸いなことに、IT業界では歳を取っても居場所がある。もうひとつの筆者の持論は「コンピュータ技術の見かけは変わっても本質はそれほど変わらない」というものだ。本当に進歩しているのだったら、昔話も理解できないはず。確かに業界は日々進化しているかもしれないが、本質的な技術の進化は意外に遅い。いや、同じ技術を焼き直して繰り返し使っているだけとも言える。現在使用されているコンピュータ技術のほとんどは1960年代までにアイデアが登場しているし、変化の方向もそれほど意外性はない。問題なのは速度だけである。逆に言うと、昔話には現在に通じるヒントがあると考えられる。歳を取っても居場所があるのはそのためだ。また、新人君たちは、うるさがらずに昔話を聞いて今後に役立てて欲しい。

●昔話を聞くのは楽しいか?

筆者もよく昔話をする。もっとも、よく思い出してみると、入社した頃から昔話をしていたような気もする。筆者がコンピュータに興味を持ったきっかけは中学3年生の時、講談社ブルーバックスの「マイ・コンピュータ入門」(安田寿明著)を読んだことである。当時は「PC」という言葉はなく「マイクロコンピュータ」を略して「マイコン」と呼ぶのが普通だった。しかし、安田氏は「自分だけのコンピュータ」という意味をかけて「マイ・コンピュータ」と呼んでいたのである。今聞くと「My Documents」や「My Pictures」みたいで、ちょっと新鮮である。

その後、友人が(というより友人の父親が)NECPC-8001を購入したので、よく家まで遊びに行ったものだ。初めて自分のPCを買ったのは、大学1年生の時で、機種は富士通FM-8である(生協の3回ローンだった)。発売当時は「マイクロエイト」と呼ばれ、イメージキャラクタに伊藤麻衣子が採用されたと記憶している。大学では、日立製の大型汎用機HITAC M-200を使った。学部の授業ではFORTRANを、ゼミではまずアセンブラの基礎を学び、LispPrologを修得した。いずれもプログラム言語の1種である。最初の就職先はDigital Equipment(DEC)で、同社製の32ビットコンピュータVAXVAX専用OSであるVMSを主に担当した。

さて、ここで問題。これらのコンピュータの主記憶はいくらだったでしょう。答: 友人のPC-800116KB(後に増設して32KBになった)FM-864KBHITAC M-2008MBVAX32MBくらいだったと思うがよく覚えていない。単位を間違えないで欲しい。それでは、ここから学べることは何だろうか。昔のプログラムはあまりメモリを消費しなかった? それもあるかもしれない。しかし教訓とは言えない。筆者は「搭載されるメモリはどんどん増える」ということだと思う。

●歴史を学ぶ

歴史を学ぶのは何のためだろう。歴史は人間ドラマであり、歴史自体が娯楽だということもある。IT業界の合コンでは、もしかしたら役立つかもしれない(逆効果かもしれない)。しかし、本当に重要なことは、過去の経験を現在に生かせるからである。もちろん、状況は変化する。「それは前にやって駄目だった」と切り捨てるのは、アイデアを殺す最も効果的な文句である。前にやって駄目だったのはなぜか、前と今と状況が変わっていることはあるか、変わっているとしたらどこか、それは前にやったことを繰り返した場合にどういう影響を与えるか、といったことを考える必要がある。

マイクロソフトは失敗もたくさんしているが、歴史から学ぶことの上手な企業のひとつでもあると思う。Windowsの新版は常にその時点でのCPUパワーとメモリ量では少し足りない。しかし、新版の評価が終わり、企業内に展開する頃には適正なCPUとメモリ量が一般的になっている。PCの買い換えも起こり、マイクロソフトもPCベンダーもウハウハである(この表現も歴史的である)。最近は、それほどうまくはいかないらしいが、それでも新しいOSが出たら、新しいPCが欲しくなることは変わらない。

歴史を学ぶことで、言葉の使い方や不自然な操作を理解するのに役立つこともある。先に「汎用機」という言葉が登場した。汎用機とは、主として事務計算に使われるコンピュータである。しかし、事務計算用なのに「汎用」とは変だと思わないだろうか。汎用機の元祖はIBMのシステム360である。それ以前のコンピュータは、科学技術計算用と事務計算用に分かれていた。科学技術計算用のコンピュータは実数演算が得意だったし、事務計算用のコンピュータは整数演算が得意だった。しかし360は、実数も整数も同じようにこなす「汎用」のコンピュータだったのだ。実際に現在でも科学技術計算に汎用機を使っているところもある。筆者も大学の実習では実数計算をしていた。1970年代後半から、事務用としての機能がより強化されたために「汎用機=事務計算」ということになったのである。

PCBIOS設定情報を記憶する場所を「C-MOS」と呼ぶのも変な話である。C-MOSとは半導体構造の一種だが、現在PCに使われているCPUやメモリなど、ほとんどの半導体はC-MOS構造である。BIOS設定の記憶場所だけがC-MOSと呼ばれるのはなぜだろうか。実は、昔のCPUやメモリはN-MOSと呼ばれる構造が主流で、BIOS設定の記憶メモリにのみC-MOSが使われていたのである。これは、N-MOSに比べC-MOSの消費電力が小さいため、電池によるバックアップが容易だったためである。

●考える力を付ける

ある技術を学習するとき「で、どうすればできるの?」と聞く人がいる。その気持ちも分からないではないが、ちょっと待って欲しい。操作を覚えるのも大事だが、なぜそうなっているのかを考えて欲しい。そうすれば、より深いところで理解できるだろう。

「なぜ」は、マニュアルや参考書などに書いていないことが多い。しかし、本当に重要なのは「なぜ」である。「なぜ」が分からない限り、学習は単なる暗記となり、実に味気ない作業になってしまう。応用もきかない。調べても分からなければ想像してみよう。そこで役に立つのが歴史である。誰でも過去の経験の上にしか新しいアイデアは作れない。だから、歴史を学ぶと元の設計者の考えを想像しやすくなる。「もし私が、より遠くを眺めることができたとしたら、それは巨人の肩に乗ったからです」というのはニュートンの有名な言葉でアインシュタインも引用している。「巨人」というのは「先人の研究」という意味である。先人の研究とは、つまり歴史である。

IT業界の歴史を学ぶ

ところがIT業界の歴史を学べる場所は、実は意外に少ない。特に、ハードウェアやソフトウェアの実物を目にするのは絶望的に難しい。自動車博物館や航空機博物館はいくつか存在するが、コンピュータ博物館は本当に少ない。米国ですら数えるほどしかない。実は、情報処理学会でもこのことは問題になっていて、国立科学博物館に対して資料収集を協力すると共に、Web上に仮想博物館を作成している(http://www.ipsj.or.jp/katsudou/museum/)。機会があれば見て欲しい。

書籍を読むのもいいと思う。いくつかのプロジェクトは書籍になっている。Windowsユーザーにぜひ読んで欲しいのは、Windows NTの開発プロジェクトを描いた『闘うプログラマー(上・下)(日経BP)である。データ・ゼネラル社の新製品プロジェクトを描いた『超マシン誕生』(ダイヤモンド社)も抜群に面白かったが、絶版らしい。残念である(*)

コンピュータ業界といえども、歴史から学べることは多い。今月はこの言葉で締めくくることにしよう。温故知新((ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る)

(*)現在、復刊ドットコムで復刊リクエストを受け付けている(http://www.fukkan.com/vote.php3?no=6768)

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最後の決め台詞は、全然違うものになりました。どうなったか知りたい方はバックナンバーを買うか、単行本化を待ってください。

月刊「Windows Server World」(http://www.windows-world.jp/) 連載の「IT嫌いはまだ早い」より

編集作業が入る前の原稿なので、出版されたものとはタイトルを含め、内容が若干違います。

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2006年4月14日 (金)

フィッシング110番

フィッシングについての警察の取り組み

「怪しい場合は犯罪でなくても取り締まる」そう読み取れるんですが...

http://www.npa.go.jp/cyber/policy/phishing/main.htm

2 警察の取組み
 (1) 基本方針
 今後、増加が懸念されるフィッシング詐欺については、これを詐欺に至らない段階(偽のホームページの開設等)で、防止、検挙することが何よりも重要。
 警察としては、関係機関・団体と連携し、詐欺に至らないフィッシング行為の防止を図るとともに、フィッシング行為自体を業務妨害罪、著作権法(複製権侵害、公衆送信権侵害等)違反等で検挙するよう努める。

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2006年4月 4日 (火)

「IT嫌いはまだ早い」2005年5月号

IT技術を修得するには

●新人研修を終えて

4月に入社した新入社員も、5月になれば新人研修を終えて職場に配属されているかもしれない。現代のITプロフェッショナルに必要とされる知識量は、新人研修で習う程度でカバーできるわけもなく、これからが本格的な勉強の始まりというわけだ。筆者は、職業柄、学習方法に関するアドバイスを求められることも多い。そんなとき、プロトレマイオス1世に質問されたユークリッドの気分もこんなだっただろうかと思う。ユークリッドは、当時のエジプト王プトレマイオスに、幾何学を学ぶいい方法を尋ねられてこう言ったという「幾何学に王道なし」。幾何学でもIT技術でも、楽な修得方法はない。IT技術であれば、マニュアルを読み、実際に操作し、検証する、それだけである。

RTFM

RTFM」は「マニュアルを読め!」という意味の罵声語である。英語圏のIT分野、と言うよりは「ハッカー界」の用語である。ここでいう「ハッカー」というのは、一般に言われている意味ではなく、本来の意味、つまり「コンピュータが何より好きで、しかも、高い技能を持った人」という意味の尊称である。駆け出しハッカーは、悪気のないちょっとしたいたずらをしばしば仕掛けるが、本来は決して犯罪者ではないので誤解しないで欲しい。もっとも、最初は悪気がなくても、映画「スター・ウォーズ」のダース・ベイダーのように暗黒面に身を投じる人間もいる。ダース・ベイダーは元々平和と正義を守る騎士、ジェダイの候補であった。裏切ったダース・ベイダーをジェダイと呼べないのと同様、暗黒面に落ちた人は、もはや「ハッカー」ではない。にもかかわらず、日本を含む世界中のマスコミが「ハッカー」=「犯罪者」という意味で使っているのは残念である。

話を戻そう。筆者が以前、香港でセミナーを受講したとき、講師が「RTFMを知っているか」と聞いた。もちろんクラスの大半が知っていた。「では何の略か言ってみよう」と言われ「Read the F…」と口ごもっていたら、講師は「Read the Formal Manual (正式なマニュアルを読め)」といい、爆笑を誘っていた。実際には、Formalではなく、もっと下品な4文字単語である。「くそったれのマニュアルでも、ちゃんと読みやがれ」くらいの意味であろうか(http://www.hack.gr/jargon/html/lexicon.html)

日経コンピュータ誌200489日号では、馬場史郎氏のコラムに、マニュアルを読むことの重要性が説かれていた。「学習するときは参考書でも良いが、復習するときはマニュアルを読め」ということだ。馬場史郎氏は「SEを極める50の鉄則」など、SEの心構えを書いた書籍がベストセラーになり、業界ではちょっとした有名人である(そして筆者の元上司である)。偉そうなことを書いているが、直接会うと、気さくなおじいちゃんという感じで著書とのギャップが激しい。

自慢するわけではないが、筆者も若い頃はマニュアルを通読したものである。また、新人研修を終えて最初に与えられた課題は、VMSというオペレーティングシステムのマニュアルを要約し、レポートすることであった(20年近く前の話だ)。その後もWindows NT 3.1のマニュアルは通読したしWindows NT 3.5のリソースキットも全部読んだ。電車の中で読んでいたら、うとうとして、自分の足の上に本を落とし、痛い思いをしたこともある。これは真似しないで欲しい。

マニュアルなど、何度読んでも全部が頭に入るわけはない。しかし、何がどこに書いてあるのかは記憶にかすかに残る。そして、その記憶はトラブルシューティング能力や情報収集能力の差となって現れる。確かあのへんに書いてあった、というおぼろげな記憶は非常に重要なのである。

本誌の読者の多くはWindowsを使っていると思う。Windowsの参考書は世の中にあふれており選ぶのに困るくらいだ。しかし、参考書だけを読んで分かったつもりになっていないだろうか。参考書やセミナーのテキストというのは、機能のすべてが網羅されているわけではない。ある目的を実現するための必要な項目だけが記述されているだけだ。そして、良い参考書ほど、シナリオに沿わない項目は大幅にカットされる傾向にある。つまり、参考書だけを読んでいると、参考書の想定する状況しか理解できないということになってしまう。

最初に学習する時に、定評のある教科書を読むことは悪くない。いや、ぜひお勧めしたい。Windows Serverであれば「Windows Server 2003完全技術解説」が、筆者の信じる最良の書籍である。自分で書いたからというのが最大の理由だが、それだけではない。書名通り、基本的な機能が網羅されているからだ。筆者は、他にも何冊か本を書いているが、プロフェッショナルを目指す人にお勧めできるのはこれ1冊である。

●マニュアルはどこにある?

そういうわけで、概要を把握したら、次のステップはマニュアルを読むことである。ところが、である。不幸なことに、現在はそのマニュアルを読むことが非常に難しい。ほとんどのMicrosoft製品にはマニュアルが付属しないか、付属しても、俗に “Getting Started” と呼ばれる最小マニュアルしか付属しないからである。オンラインヘルプは検索機能に優れているが、通読には向かない。IT業界に入って今日まで、オンラインヘルプしか知らない人は「マニュアルを通読する」という発想そのものが生まれないだろう。

開発製品では、紙のマニュアルが別売りのこともある。中身はオンライン版と同じなので、買わない人も多いようだが、初心者であればぜひ買って通読すべきだ。一字一句詳細に読む必要はない。何がどこに書いてあるかくらいが頭に入れば十分である。きっと役に立つ。

ただし、紙のマニュアルを全部収めるには最低でも本棚1列は必要になるだろう。Windowsのマニュアルはどんどん量が増えている。これからもっと増えるはずだ。汎用機のマニュアルは、OSだけで本棚1本分が常識だった。Windowsだってきっとそうなる。さすがに、本棚1本のマニュアルを通読しろとは言えない。しかし、それでも、分からないことは参考書ではなくマニュアルを引けという主張は変わらない。どうか積極的にマニュアルを読んで欲しい。

●コミュニティに参加しよう

参考書で勉強し、オンラインヘルプを読んでも分からないことはどうするか。ひとつの方法は実際に試すことである。ただし、試したからといって、それが正しい動作かどうかは分からない。正しいと思っていた動作がバグだったということもあるし、検証方法に間違いがあるかもしれない。また、そもそも検証環境が用意できないないかもしれない。VMWareVirtual PCのような仮想PC環境を使うのも良いが、使用しているPCの性能の問題で使えない人もいるだろう。

そんなときは、メーリングリストなどを含むコミュニティに参加してみよう。マイクロソフト製品に関してはhttp://www.microsoft.com/japan/communities/ に、どんなコミュニティがあるかが紹介されている。マイクロソフト社が直接運営に口を出していないものもたくさんある。

技術系のメーリングリストなどでは、基礎的な質問に対して「過去ログを読め」という応答がよくある。「マニュアルを読め」と言われることも多い。実は、冒頭で紹介したRTFMが使われるのはこういう文脈である。もっとも、筆者は「過去ログを読め」という言い方は嫌いである。なぜなら「ログ(記録・日誌)」は常に過去のものであり「未来ログ」は原理的に存在しないからである。例外は、2000年頃のTBSテレビ番組内の企画「未来日記」くらいであろう。

人によって意見は違うようだが、筆者は同じ質問が何度も行われることは問題ないと思う。「過去ログを読め」という言葉は、同じ質問を否定しているが、それは適切なコミュニティの態度ではない。ただし、「過去ログを読め」と言う人の気持ちも分からないではない。毎月、同じ質問に何度も答えていれば嫌にもなるというものだ。

健全なコミュニティは、同じ質問を排除しない。その代わり、同じ質問に答える人が毎回変化する。先週、自分の質問に答えてもらったら、今週出た同じ質問には自分が答えるべきである。こうして、質問自体は同じでも、答える人が、そして質問する人がどんどん変わっていくのがコミュニティの理想である。

ただし、コミュニティの意義は、「質問に答えてくれる場」を提供してくれることではない。コミュニティは、同じ問題を抱える者同士の交流の場であり、誰かが一方的に質問したり答えたりする場ではないのだ。コミュニティ活動に参加することは、社会で認められるエンジニアへの第一歩である。恐れずにチャレンジして欲しい。

どのコミュニティにも「リーダー」と呼ばれる人がいる。マナーを守らない投稿は注意されるだろう。しかし、初心者はマナーが分からないから初心者なのである。マナー違反を指摘さされたら素直に受け入れ謝ればよい。コミュニティの世界は「ごめんで済むから警察はいらない」のである。今ではコミュニティリーダーとして活躍している人の中にも、最初はずいぶんとひどい内容の質問をしていた人もいる。コミュニケーションは慣れればスムーズになるし、技術スキルは勉強すればそれだけ向上する。重要なことは「いつか、他の人の役に立てるようになろう」という気持ちである。この気持ちは自分自身を確実に成長させる。

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追記

出版された記事では、この回以降、最後に「決め台詞」が入る。

編集担当の方に、

横山さんはコミュニティビギナーをどのように見ていらっしゃいますか。最後の4行のアドバイス、もう少し膨らませてくださいませ

と言われて加筆したのが最初である。

記念すべき修正なので、今回は例外的に加筆部分も追加。

決め台詞そのものは、自分のアイデアだが「毎回これで行きましょう」と言われたときはめまいがした。

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システム的なミスをしてしまうこともあるだろう。たとえば空のメールを送ってしまったとか、ヘルプ用のメールアドレスと投稿用のメールアドレスを間違え、HELP1行だけ書いたメールを送ってしまったとか、そういう失敗は筆者にもある。妙なメールが来たら筆者はこう思うことにしている。

「コミュニティの世界にようこそ」

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