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2006年4月 4日 (火)

「IT嫌いはまだ早い」2005年5月号

IT技術を修得するには

●新人研修を終えて

4月に入社した新入社員も、5月になれば新人研修を終えて職場に配属されているかもしれない。現代のITプロフェッショナルに必要とされる知識量は、新人研修で習う程度でカバーできるわけもなく、これからが本格的な勉強の始まりというわけだ。筆者は、職業柄、学習方法に関するアドバイスを求められることも多い。そんなとき、プロトレマイオス1世に質問されたユークリッドの気分もこんなだっただろうかと思う。ユークリッドは、当時のエジプト王プトレマイオスに、幾何学を学ぶいい方法を尋ねられてこう言ったという「幾何学に王道なし」。幾何学でもIT技術でも、楽な修得方法はない。IT技術であれば、マニュアルを読み、実際に操作し、検証する、それだけである。

RTFM

RTFM」は「マニュアルを読め!」という意味の罵声語である。英語圏のIT分野、と言うよりは「ハッカー界」の用語である。ここでいう「ハッカー」というのは、一般に言われている意味ではなく、本来の意味、つまり「コンピュータが何より好きで、しかも、高い技能を持った人」という意味の尊称である。駆け出しハッカーは、悪気のないちょっとしたいたずらをしばしば仕掛けるが、本来は決して犯罪者ではないので誤解しないで欲しい。もっとも、最初は悪気がなくても、映画「スター・ウォーズ」のダース・ベイダーのように暗黒面に身を投じる人間もいる。ダース・ベイダーは元々平和と正義を守る騎士、ジェダイの候補であった。裏切ったダース・ベイダーをジェダイと呼べないのと同様、暗黒面に落ちた人は、もはや「ハッカー」ではない。にもかかわらず、日本を含む世界中のマスコミが「ハッカー」=「犯罪者」という意味で使っているのは残念である。

話を戻そう。筆者が以前、香港でセミナーを受講したとき、講師が「RTFMを知っているか」と聞いた。もちろんクラスの大半が知っていた。「では何の略か言ってみよう」と言われ「Read the F…」と口ごもっていたら、講師は「Read the Formal Manual (正式なマニュアルを読め)」といい、爆笑を誘っていた。実際には、Formalではなく、もっと下品な4文字単語である。「くそったれのマニュアルでも、ちゃんと読みやがれ」くらいの意味であろうか(http://www.hack.gr/jargon/html/lexicon.html)

日経コンピュータ誌200489日号では、馬場史郎氏のコラムに、マニュアルを読むことの重要性が説かれていた。「学習するときは参考書でも良いが、復習するときはマニュアルを読め」ということだ。馬場史郎氏は「SEを極める50の鉄則」など、SEの心構えを書いた書籍がベストセラーになり、業界ではちょっとした有名人である(そして筆者の元上司である)。偉そうなことを書いているが、直接会うと、気さくなおじいちゃんという感じで著書とのギャップが激しい。

自慢するわけではないが、筆者も若い頃はマニュアルを通読したものである。また、新人研修を終えて最初に与えられた課題は、VMSというオペレーティングシステムのマニュアルを要約し、レポートすることであった(20年近く前の話だ)。その後もWindows NT 3.1のマニュアルは通読したしWindows NT 3.5のリソースキットも全部読んだ。電車の中で読んでいたら、うとうとして、自分の足の上に本を落とし、痛い思いをしたこともある。これは真似しないで欲しい。

マニュアルなど、何度読んでも全部が頭に入るわけはない。しかし、何がどこに書いてあるのかは記憶にかすかに残る。そして、その記憶はトラブルシューティング能力や情報収集能力の差となって現れる。確かあのへんに書いてあった、というおぼろげな記憶は非常に重要なのである。

本誌の読者の多くはWindowsを使っていると思う。Windowsの参考書は世の中にあふれており選ぶのに困るくらいだ。しかし、参考書だけを読んで分かったつもりになっていないだろうか。参考書やセミナーのテキストというのは、機能のすべてが網羅されているわけではない。ある目的を実現するための必要な項目だけが記述されているだけだ。そして、良い参考書ほど、シナリオに沿わない項目は大幅にカットされる傾向にある。つまり、参考書だけを読んでいると、参考書の想定する状況しか理解できないということになってしまう。

最初に学習する時に、定評のある教科書を読むことは悪くない。いや、ぜひお勧めしたい。Windows Serverであれば「Windows Server 2003完全技術解説」が、筆者の信じる最良の書籍である。自分で書いたからというのが最大の理由だが、それだけではない。書名通り、基本的な機能が網羅されているからだ。筆者は、他にも何冊か本を書いているが、プロフェッショナルを目指す人にお勧めできるのはこれ1冊である。

●マニュアルはどこにある?

そういうわけで、概要を把握したら、次のステップはマニュアルを読むことである。ところが、である。不幸なことに、現在はそのマニュアルを読むことが非常に難しい。ほとんどのMicrosoft製品にはマニュアルが付属しないか、付属しても、俗に “Getting Started” と呼ばれる最小マニュアルしか付属しないからである。オンラインヘルプは検索機能に優れているが、通読には向かない。IT業界に入って今日まで、オンラインヘルプしか知らない人は「マニュアルを通読する」という発想そのものが生まれないだろう。

開発製品では、紙のマニュアルが別売りのこともある。中身はオンライン版と同じなので、買わない人も多いようだが、初心者であればぜひ買って通読すべきだ。一字一句詳細に読む必要はない。何がどこに書いてあるかくらいが頭に入れば十分である。きっと役に立つ。

ただし、紙のマニュアルを全部収めるには最低でも本棚1列は必要になるだろう。Windowsのマニュアルはどんどん量が増えている。これからもっと増えるはずだ。汎用機のマニュアルは、OSだけで本棚1本分が常識だった。Windowsだってきっとそうなる。さすがに、本棚1本のマニュアルを通読しろとは言えない。しかし、それでも、分からないことは参考書ではなくマニュアルを引けという主張は変わらない。どうか積極的にマニュアルを読んで欲しい。

●コミュニティに参加しよう

参考書で勉強し、オンラインヘルプを読んでも分からないことはどうするか。ひとつの方法は実際に試すことである。ただし、試したからといって、それが正しい動作かどうかは分からない。正しいと思っていた動作がバグだったということもあるし、検証方法に間違いがあるかもしれない。また、そもそも検証環境が用意できないないかもしれない。VMWareVirtual PCのような仮想PC環境を使うのも良いが、使用しているPCの性能の問題で使えない人もいるだろう。

そんなときは、メーリングリストなどを含むコミュニティに参加してみよう。マイクロソフト製品に関してはhttp://www.microsoft.com/japan/communities/ に、どんなコミュニティがあるかが紹介されている。マイクロソフト社が直接運営に口を出していないものもたくさんある。

技術系のメーリングリストなどでは、基礎的な質問に対して「過去ログを読め」という応答がよくある。「マニュアルを読め」と言われることも多い。実は、冒頭で紹介したRTFMが使われるのはこういう文脈である。もっとも、筆者は「過去ログを読め」という言い方は嫌いである。なぜなら「ログ(記録・日誌)」は常に過去のものであり「未来ログ」は原理的に存在しないからである。例外は、2000年頃のTBSテレビ番組内の企画「未来日記」くらいであろう。

人によって意見は違うようだが、筆者は同じ質問が何度も行われることは問題ないと思う。「過去ログを読め」という言葉は、同じ質問を否定しているが、それは適切なコミュニティの態度ではない。ただし、「過去ログを読め」と言う人の気持ちも分からないではない。毎月、同じ質問に何度も答えていれば嫌にもなるというものだ。

健全なコミュニティは、同じ質問を排除しない。その代わり、同じ質問に答える人が毎回変化する。先週、自分の質問に答えてもらったら、今週出た同じ質問には自分が答えるべきである。こうして、質問自体は同じでも、答える人が、そして質問する人がどんどん変わっていくのがコミュニティの理想である。

ただし、コミュニティの意義は、「質問に答えてくれる場」を提供してくれることではない。コミュニティは、同じ問題を抱える者同士の交流の場であり、誰かが一方的に質問したり答えたりする場ではないのだ。コミュニティ活動に参加することは、社会で認められるエンジニアへの第一歩である。恐れずにチャレンジして欲しい。

どのコミュニティにも「リーダー」と呼ばれる人がいる。マナーを守らない投稿は注意されるだろう。しかし、初心者はマナーが分からないから初心者なのである。マナー違反を指摘さされたら素直に受け入れ謝ればよい。コミュニティの世界は「ごめんで済むから警察はいらない」のである。今ではコミュニティリーダーとして活躍している人の中にも、最初はずいぶんとひどい内容の質問をしていた人もいる。コミュニケーションは慣れればスムーズになるし、技術スキルは勉強すればそれだけ向上する。重要なことは「いつか、他の人の役に立てるようになろう」という気持ちである。この気持ちは自分自身を確実に成長させる。

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追記

出版された記事では、この回以降、最後に「決め台詞」が入る。

編集担当の方に、

横山さんはコミュニティビギナーをどのように見ていらっしゃいますか。最後の4行のアドバイス、もう少し膨らませてくださいませ

と言われて加筆したのが最初である。

記念すべき修正なので、今回は例外的に加筆部分も追加。

決め台詞そのものは、自分のアイデアだが「毎回これで行きましょう」と言われたときはめまいがした。

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システム的なミスをしてしまうこともあるだろう。たとえば空のメールを送ってしまったとか、ヘルプ用のメールアドレスと投稿用のメールアドレスを間違え、HELP1行だけ書いたメールを送ってしまったとか、そういう失敗は筆者にもある。妙なメールが来たら筆者はこう思うことにしている。

「コミュニティの世界にようこそ」

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