月刊「Windows Server World」(http://www.windows-world.jp/) 連載の「IT嫌いはまだ早い」より
編集作業が入る前の原稿なので、出版されたものとはタイトルを含め、内容が若干違います。
●もてるIT Hero
世間では、IT業界の人は、引きこもりと、おたくと、ホリエモン的経営者しかいないと思っている人もいるようだ。もちろん、それは真実ではない。大阪に住む人が、お笑いと、商売人と、ヤクザだけではないのと同じことだ。しかし、そう思われても仕方ない部分がないわけではない。今月はコミュニケーションスキル、つまり人付き合いの話をしよう。
●もてる男
筆者の学生時代、「もてる男」というのは、顔や良くて、運動ができるか、音楽(特にロック)ができる奴と決まっていた。博識であったり、理屈っぽかったりする人間はそれほど人気がなかったように思う。小谷野敦氏の著書「帰ってきたもてない男」(ちくま新書)によると、この傾向は1960年頃から70年代にかけて生まれたのだという。筆者が生まれた時期である(道理で筆者がもてないわけだ)。それ以前は「顔のいい男、金のある男、時には詩を作ったりできる男」がもてたのだそうだ。
ただ、最近は「運動ができる」というのもちょっと怪しくなってきて、「会話が面白い」「一緒にいて楽しい」というのが上位に来るような気がする。頭が悪くて会話が面白いという人はあまりいないので「頭のいい男」も復権するかもしれない
●もてる女
では「もてる女」はどういうものだろう。女性の場合には、顔とスタイルが2大要素だろう。これは今も昔もあまり変わらないようで、女性たちの悩みの種になっているらしい。実際のところ筆者にはよく分からない。「顔」についての考察は石井政之氏の「人はあなたの顔をどう見ているか」(ちくまプリマー新書)あたりを読んでほしい。
もっとも、友人たちにサンプリング調査をすると「頭がいい」「会話が面白い」というのも重要な要素なようである。要するに、男女とも、同じタイプが「もてる」ようになるだろう
●「頭がいい」とは
ところで「頭がいい」とはどういうことだろう。「コンピュータの操作をしている」というと、「頭いいんですね」と言われることがあるが、あまり本気だとは思えない。歴史的に見ると「記憶力がいい」が頭のいい証拠だと思われた時期がある。ただ、一定量の記憶力は必要だろうが「記憶力が高いから頭がいい」とは、今では誰も思わないだろう。
「計算ができる」のが頭のいい証拠だった時期もある。SF小説「レンズマン」シリーズの番外編に「渦動破壊者」(1960年)という作品がある。ここに「彼は高度な計算ができるくらい頭がいい」という表現が出てくる。これも今となってはちょっと違うような感じがする。電卓とコンピュータの普及により、計算はどっちかというと単純労働になってしまった。
余談だが「人工知能」という学問(この言葉ができたのは1956年)は「コンピュータは計算ができて記憶ができる、コンピュータは頭のいい人と同じ性質を持っている、従ってコンピュータは頭がいい」という誤解から生まれた学問であると筆者は信じている(筆者の学位論文は人工知能である)。
やはり「頭がいい」というのは論理的な思考ができるということだろう。それも、単に論理的なだけではなく、状況を分析して、適切な応答ができる技術が重要だ
たとえば、SEが看護士と合コンしたとしよう。SEというのは医療界では「石けん浣腸」のことだから、自己紹介で看護士が笑ってしまうかもしれない。ちなみにGEはグリセリン浣腸なので、ゼネラルエレクトリック(GE)社のSEは結構大変だ。さて、こういう場合どうしたらいいか。「SEというのはシステムエンジニアの略で…」などと言うのは論理的だが野暮。怒るのは論外。ここはひとつ、気の利いたジョークを飛ばしたいところだ。どんなジョークかは宿題にする(ここで簡単に披露できるくらいなら筆者ももっともてていたはずだ)。ついでに忠告しておくと、夜勤明けの看護士とは合コンしないこと。テンションが上がっていて、こちらがついて行けない。
●アキバ系の復権
「電車男」のヒット以来、「おたく」が「アキバ系」と名を変えて復権しているらしい。ご存じとは思うが、アキバ系とは「秋葉原系」の略で、秋葉原を中心とするコンピュータやアニメ、ゲームなどの極端なマニアを指す。そういえば、秋葉原電気街に隣接して交通博物館もあるので、きっと鉄道マニアも生息しているに違いない。
筆者を含め、IT業界、特に最近「IT Hero」と呼ばれるようなエンジニアにはアキバ系上がり(または現役アキバ系)が多いので、喜んでいる人もいるだろう(現代英語ではHeroは男女問わず使う)。もっとも、傾向としてそうであっても、アキバ系の「あなた」がもてるわけではないので勘違いはしないように(自分については論理的な思考ができない人がなぜか多い)。
意外なようだが、本来「おたく」というのは話題の豊富な人が多い。自分の趣味に少しでも関係あれば、とことん追求するタイプが多いからだろう。アキバ系ではないが、筆者の写真仲間に「ネコとつくものは何でも好き」という人がいる。「この間『ネコ商店』という看板に惹かれたが、よく見たら『カネコ(金子)商店』だった」と笑っていた。先日は台湾の「猫喫茶」なるものを訪問したらしい。すべてのおたくは似たようなものだろう。
最近は「3高」つまり「高学歴、高身長、高収入」に代わって、「3低」が結婚相手として人気なのだそうである。「低姿勢、低依存、低リスク」だという。そもそも「おたく」というのは、初対面の人に「お宅は…」と話しかけたのが語源である。名前は分からないし、「あなた」では少しきつい。「君」ではキザだ。こういう場合に使うのが「お宅」である。初対面の相手を対等か、自分よりも上として話しかける距離感はまさに「低姿勢」である。また「おたく」は自分の趣味領域を侵害されない限り、文句は言わない。たいていの人がひとりで生きていく力を身につけている。食生活の乱れはかなりあるようだが、自分のために何かしてくれない、と怒るタイプは少ない(邪魔されると怒る人は多い)。もしかしたら「低リスク」には疑問を持つ人がいるかもしれない。確かにIT業界は倒産、買収、合併が日常茶飯事である。筆者の知人など、希望退職に3回応募して(つまり3回転職し)、その後気付いたら最後の会社が最初の会社に買収されて元に戻ったくらいだ。しかし、構造不況とはいえ仕事は今のところ一応ある。気が弱い人が多いので、犯罪に関与する率も少ないのではないかと思う。まれに忌まわしい事件も起きるが、それは本当に例外中の例外であると思いたい。後輩には娘に「詩織」(人気美少女ゲーム「ときめきメモリアル」の登場人物)と名付けた奴もいるが、夫婦そろっておたくだったせいである。これはこれで微笑ましい。
●問題は何か
ところが、回りを見渡すと、アキバ系の人は敬遠されることが多い。何が問題なのだろうか。筆者が思うに、それはコミュニケーションスキルの問題ではないかと思う。実は、上野千鶴子氏は小谷野氏に対して「もてないのはコミュニケーションスキルに乏しいからだ」と言ったという。小谷野氏は「帰ってきたもてない男」で、この指摘が当を得ていないと反論しているし、実際上野氏の意見はかなり乱暴である。ただ、筆者は、コミュニケーションスキルが「もてる」ための最低条件ではあると思う。
具体的には何か。まずしなければならないことは「人の話を聞く」ということである。次に「自分の話は早く終わらせる」ということである。また「相手が自分の振った話題に興味を示さなければ、別の話をする」ことも重要だ。「人の話をさえぎって、自分が話をしない」ように注意する必要もある。
これだけ聞くと「もてるもてない以前に、人間としてのコミュニケーションの問題ではないか」と思うだろう。実際そうである。もちろん、みんながみんなそうではないが、自分の趣味の話をはじめると止まらない人は結構多い。ということで、今回はもう1冊、筆者の同僚が書いた本を紹介しておこう。田中淳子著「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)である。
●IT業界で求められるスキル
IT業界にはさまざまな職種がある。最近の人気職はコンサルタントとアーキテクトらしい。どちらにしても、顧客の抱える問題や要求を形に変えるのが仕事である。そのため、作業の大半は顧客とのコミュニケーションが占める。最近、人気急下降中のプロジェクトマネージャの仕事もコミュニケーションが大部分を占める。
コンピュータに没頭し、社会的なつながりが希薄な人、あるいはオンラインでのつながりしかない人も中にはいる。オンラインコミュニケーションもいいのだが、どうも攻撃的になりやすい傾向にあるので注意したい。オンラインで知り合った人でも、直接会う機会があれば、ぜひ活用したい。
コンピュータは人の生活を豊かにするための道具である。ITは、コンピュータを利用する技術であるから、人とのコミュニケーションが欠かせない。そして、コミュニケーションスキルは、顔や身体、あるいは運動能力と違って、簡単に向上する。アキバ系あるいはその予備軍は、もてる素質を持っているのだから、ぜひコミュニケーションスキルを磨いてほしい。
がんばれ、アキバ系
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